大好きなじーちゃんが天国へ
今日仕事中に母親から連絡がありました。
「じーちゃんが亡くなった。」
その連絡を見た瞬間本当に信じられなくてすごく動揺した。
とりあえずすぐ上司に報告して定時で上がらせてもらうことに。
でも徐々に感情が込み上げてきて正直涙で前なんか見えなかった。
若い時からヘビースモーカーで、そのツケが回ってきて85歳で酸素チューブを常に鼻に入れておかないといけない体になってしまったけど、酸素ボンベを持ち歩き出かけられるし、作業もできるくらいだしまだまだ元気だった。
正月明けもみんなでご飯を食べて楽しんで本当に元気だった。
でも一昨日呼吸が苦しいと言って母と共に病院へ。
その時は点滴をして帰宅。
その夜に近くに行く予定があったから私がじーちゃんの様子を見に行くはずだったけど、ほかの用事のせいで行けずに。
そして次の日に父と母と最期の言葉を交わし、今日の朝に救急車が来た頃には既に眠るように天国へ旅立っていた。
最後にあって話をしたかった。
正月にじーちゃんとばーちゃんを家まで送り迎えしたときも「わざわざありがとうね。」と何度も何度も感謝の言葉をくれた。
感謝してるのはこっちだよ。
いつも暖かく見守ってくれたおかげで今の私がいる。
子供ができて、庭にブランコを作ってあげたい滑り台を作ってあげたい。
そんな時に道具を貸してくれたり使い方を教えてくれたり、時には一緒に考えてくれたりしたのもじーちゃんだった。
小学校の時に初めて釣りを教えてくれて一緒にフナ釣ったのもじーちゃんだった。
本当に思い出がいっぱいだし、大人になってからより一層じーちゃんと話すようになって、ひ孫を見せることができて本当に幸せだった。
世の中にはじーちゃんばーちゃんと一緒に暮らす人別々に暮らす人と色々いて、多分一般的に一緒に暮らしているとあれこれしつこく言われたりして、煙たがってしまうことが多いよう。
我が家は離れて暮らしているので決してそんなことはなかったけど、今一緒に暮らしている方がいればもっともっといっぱいじーちゃんばーちゃんとお話しをして欲しい。
今じーちゃんがいなくなってしまって話したくても話せないことが本当に辛い。
あの日愛に行けば良かった。
少しでも言葉を交わしていたら良かった。
もうこの文章を打っていても涙が溢れてくるし、今日眠っているじーちゃんの綺麗な顔を見たときに思いっきり声を上げて泣きたかった。
あやのお母さんが学生時代に亡くなってしまい、私はあや以上に泣いてしまい恥ずかしいところを見せてしまった。
その日以来あやの前では泣かないって決めていて頑なにそれを貫いていた。
でも本当に辛い。
人が亡くなるのは本当に辛い。
だから今日は誰も得をしない自分の感情だけを書いて静かに堪えていた涙を流しています。
じーちゃんを忘れたくないからこの日のこの気持ちを書き綴ります。
本当に本当にありがとうございました。
まだお葬式で会えるけど、どうか安らかに休んでね。
大好きなじーちゃんへ